糖質制限食に関わる問題、実施するに当たって遮るハードルとは?

主食という言葉をいったんクリアーにしてみる

日本人の食事は、基本的に「ご飯(主食)とおかず」です。つまり、漬け物や焼き魚やおひたしなどを「おかず」にして、お茶碗1~2杯分のご飯(白米)を食べる、という食習慣です食べるターゲット、いわゆる主食はあくまでも「ご飯」で、おかずはそのための補助・手助け、という位置づけです。

たとえていえば、おかずは、ショパンのピアノ協奏曲におけるオーケストラ、寄席における前座、結婚式における花婿のようなものです。主役はあくまでも、ご飯であり、ピアノであり、裏打ちであり、花嫁なのです。

炊いた白米の味は、基本的にほんのりと甘くて香りがよく、しかもそれ自体の味はくどくないため、塩味や辛みで味付けされた「おかず」と非常によく合います。

実際、美味しい塩辛や漬け物さえあれば、どんぶり飯が何杯も食べられると豪語する人もたくさんいます。

そして、ご飯(主食)とおかずには、上下関係が厳然としてあります。どんなにおかずが豪華であっても「ご飯が主、おかずは従」なのです。(だから主食という言葉が存在する)。

大多数の日本人の意識としては、「ご飯を食べるためのおかず」であり、「おかずを味わうための添え物としてのご飯」という発想はありません。

これは「酒(日本酒)と肴」の関係と似ています。肴はあくまでも酒の引き立て役であり、酒の味を邪魔してはいけないのと同じです。

この「ご飯とおかず」のスタイルは、外食の基本です。コンビニや持ち帰り弁当店の唐揚げ弁当、のり弁当、ハンバーグ弁当は、すべてご飯と、ご飯をたいらげる助けとなる味付けをしたおかずとの組み合わせです。定食屋のホッケ焼き定食も、唐揚げ定食も、豚汁定食も、同様です。レバニラ妙め定食、八宝菜定食も、同じ発想で組み立てられているし、日本の誇る井物(天丼、カツ丼、中華丼、鰻丼、牛丼) も鰻重も、基本はどれも、「ご飯とおかず」です。

さらに言えば、ねこまんま(冷えたご飯に味噌汁をかけただけのもの) も卵かけご飯も、お茶漬けもふりかけご飯もおにぎりも、カレーライスもお寿司も、同じ範疇に入り、どれも「ご飯とおかず」という基本構成です。
豪華なおかずもあれば、貧相なおかずもありますが、その真ん中に白米が鎮座している構図はどれも同じで、白米を食べ切るまで食事は終了しません。

ちなみに、このような「ご飯とおかず」という食べ方の様式が日本に生まれたのは、平安時代であり、その成立には、「米は神が授けてくれた神聖な食べ物」という、米信仰ともいうべき意識が働いていました。逆にいえば、「ご飯とおかず」という食事の概念は、人類普遍のものではなく、かなり特殊なのであります。

英語やフランス語などのヨーロッパ系言語には、日本語の「主食」に相当する単語がないか、あっても、日本語の「主食」とはニュアンスがまったく異なっています。糖質制限食のすごいところは、この日本人の食の原点ともいうべき「主食」を完全否定している点にあります。

だから、実際にやってみると、たいしたことなく簡単に始められるのに「主食を食べない」というだけで、心理的乱轢や多大な葛藤を生むわけです。とりあえず、頭から「主食」という言葉を追い出すことが重要となります。この切り替えができなければ糖質制限食を行うことは難しいでしょう。

個人で取り組むのはとても簡単

糖質制限食は、実行すること自体は非常に簡単です。必要な知識は、食材に含まれる糖質の量だけであり、それ以外の知識も努力も不要です。「今日の昼飯から、ご飯を食べないようにしてみるかな」と思い立つだけで、始められるわけです。

しかし、糖質制限食を朝食や夕食だけでも始めようとすると、物事はそんなに簡単ではないことにすぐに気づきます。家族の食事をどうしたらいいのか、という大問題にぶつかるかります。家族全員に糖質制限について理解してもらおうとすると、これはかなりハードルが高くなります。

むしろ、最初は理解してもらえないことがほとんどでしょう。とくに小さな子どもがいる場合、子どもに糖質制限食を実施しても大丈夫なのか、成長期の子どもが糖質を摂取しないで成長が妨げられないのか?と、まだ結論が出ていないことがたくさんあることに気づきます。場合によっては、献立を2種類作る必要さえあるケースもでてくるでしょう。

そして家庭の主婦にとっては、それまで慣れ親しんだ「ご飯とおかず」という黄金の方程式が、通用しなくなってしまうことになるのです。

日本人の食事の基本は、「白米と、白米を美味しく食べるためのおかず」という組み合わせであり、それを数百年間続けてきたのです。まさに日本人の食の原点とえるでしょう。そういう「白米を美味しく食べるためのおかず」を作るためのさまざまなノウハウが積み重ねられ、世代を超えて引き継がれてきたのです。

糖質制限食は、そういう数百年間の積み重ねを一挙に崩壊させてしまいます。日本人にとっての「主食」という概念は簡単に崩せないものなのです。

個人と組織

それまでの常識が一挙にひっくり返ってしまうような変化のことを、パラダイム・シフトと呼ぶ。「個人が変化を受け入れるのは容易ですが、集団が変化を受け入れるのは難しい」ことになります。じつはこの糖質制限食も、パラダイム・シフト級の変化であり、それゆえに、「個人で糖質制限食を始めるのは簡単ですが、集団に糖質制限を導入するのは困難」ということになります。

家庭という社会の最小単位ですら容易ではないのですから、会社とか地域社会のような大きな単位になればなるほど、糖質制限食というパラダイム・シフトは、さらに受け入れ困難となるのは当然です。組織は大きくなるほど保守的になり、大きな変化を受け入れたがらないものです。

しかし、変化を受け入れることができる個人は必ず存在します。つねに脳みそのアンテナを伸ばして、新しい考えをキャッチしようとします。やがて、そのような人間の説明を受け入れる人間が次第に増加します。そして、社会を構成する人間の世代交代により、「社会の常識」はいつの間にかひっくり返り、パラダイム(=社会の常識) が大転換します。

天動説から地動説へのパラダイム・シフトはまさにこれです。おそらく糖質制限食も同様だと予想します。

現時点では、糖質制限食はまだ、ごく一部の人間が実行しているだけですが、糖質制限食を始めた人で、元の糖質食に逆戻りした人はほとんどいません。それは、糖質制限食をすることで体調がよくなり、体型がスマートになるという効果を実感しているからです。そして、いったんその絶大な効果を体験してしまうと、もう元の「糖質食生活」になんて戻りたくなくなるものです。
糖質オフ効果はこちらで紹介されています。

いったん痩せられて体の調子もすこぶるよいのに、みっともないデブ体型になんて戻りたくないのは誰も一緒です。つまり今後、糖質制限食をする個人が増えることはあっても、減ることはないはずです。これは、一度でも携帯電話を使ってみれば、もう以前の、公衆電話を探して電話をかけていた時代には戻れないのと同じで、一度でも車に乗ってしまうと、それ以前の歩きの生活には戻れないのと同じです。