脳腫瘍「集学的治療によるめざましい成果」

脳腫瘍の基礎知識

  1. 脳腫瘍は、良性、悪性をとわず頭蓋骨で閉まれた内部におこる腫瘍である。
  2. 脳組織および脳に付属する組織からおこるものを「原発性脳腫瘍」とよぶ。一般に「脳腫瘍」とはこれをさす。肺や乳房のがんから脳に転移したものは、「転移性脳腫瘍」と呼んで区別している。
  3. 原発性脳腫瘍の半分が「グリオーマ」を中心とする悪性腫瘍(がん)で、残りの半分は良性腫瘍である。
  4. 原発性脳腫瘍は1万人に1人の割合で発生しており、けっして少ない病気ではない。
  5. 悪性の脳腫瘍は、女性より男性、若年者より高齢老に発生しやすい。
  6. 症状は、腫瘍ができた部分の機能低下(運動麻痺、言語障害、性格の変化、けいれん発と作など) と、腫瘍によって頭蓋骨の内部の圧力が高まるための異常(激しい頭痛、嘔吐、意識喪失、視力低下)がある。頓死することもある。幼児では頭囲の拡大がおこることもある。
  7. 診断は症状からおおよそのことはわかり、CTによってほぼはっきりする。脳血管造影や、最近では腫瘍を立体的にとらえるM RIによる診断も始まった。
  8. 治療の第1は腫瘍の摘出手術である。その手術は、手術用顕微鏡で患部を見ながら緻密に進められる(マイクロサージェリー)。
  9. 悪性腫瘍では、手術ですべてをとることは難しい。そのため放射線治療と抗がん剤の併用治療、あるいほ手術後の抗がん剤治療がおこなわれる。
  10. すべての脳腫瘍の半分以上、グリオーマでも3分の1は治るようになった。

どの部位に起こる腫瘍か

頭蓋骨の中におさめられている脳は、成人男子で1350グラム、成人女子で1250グラムあり、人体では最大の臓器である。この脳という臓器を大きくわけると、情報処理をになう「大脳」、協同運動をになう「小脳」、全身の環境維持や意識を支える「脳幹」の(間脳、中脳、橋、延髄) の3つになる。脳全体は、三重の膜で包まれていて、いちばん内側が「軟膜」、真ん中が「くも膜」、外側の強靭な膜が「硬膜」。

これらの三十の膜を「髄膜」とよんでいる。また、脳をつくっている細胞には2種類あり、全身の指令をだすのが「ニューロン」(神経細胞)で約140億個あるといわれている。ニューロンのすきまを埋めている「グリア」(神経膠細胞)である。グリアは、ニューロンの働きを助ける細胞である。

脳腫瘍ほ脳にできる腫瘍だが、「脳がん」とは呼ばない。これは、脳腫瘍という病気が悪性腫瘍(がん)ばかりではなく良性腫瘍も含んでいるためだ。
良性腫瘍はがんと比べて増殖のスピードが遅く転移もしないが、不完全摘出の場合は再発することが少なくない。そのつど手術を繰り返さなければならないので、良性であっても治しにくいことがある。
脳は閉鎖した頭蓋骨のなかにきっちりおさまっているので、小さな腫瘍でもまわりの脳を圧迫して異常を起こす。つまり、良性でも悪性でも脳に障害をもたらす経過は同じである。
脳腫瘍でもっとも多いのはグリオーマ( 神経膠腫)で、脳腫瘍の約3分の1を占めている。これは、脳組織の固有の細胞から発生するいわば真性の脳腫瘍で、しかも悪性(がん)である。グリオーマに続いて多いのが脳に付属する組織からの腫瘍で、脳を覆う膜(髄膜)に発生する「髄膜腫」、下垂体に発生する「下垂体腺腫」15%、12対ある脳神経におこる「神経鞘腫」8% と続いており、そのほか、数は少なくなるが、種類はきわめて多い。

原発性脳腫瘍のほかに、からだの他の部分にできたがんが脳に飛び火する転移性脳腫瘍も少なくない。だが、原発性脳腫瘍が脳以外の臓器に転移することはほとんどない。

どういう人に起きやすいか

原発性の脳腫瘍の発生率は、人口10万人に対して12.5人から15.5人といわれる。おおむね人口1万人に1人の割合で発生すると考えればよい。
人口1200万人の東京では年間1200人が脳腫瘍を、そのうち3分の1の4000人がグリオーマということになる。脳腫瘍の発生率は肺がんの10分の1だが、けっして少ない病気でほない。

このグリオーマのうち悪性度の高いものほ35歳以上の人に多く、しかも男性にやや多い傾向がある。まれに子どもにもみられる。もっとも、治りやすさに男女差はない。
グリオーマにはさまざまな種類があるが、「アストロサトーマ」(星細胞腫)、「悪性アストロサトーマ」(悪性星細胞腫)「グリオブラトーマ」(膠芽腫)の3種類でほとんどをしめる。この3種のグリオーマは、それぞれおこりやすい年齢に差がある。アストロサイトーマは二25~40歳、悪性アストロサイトーマは、35~50歳、グリオブラトーマは、45歳以上に多い。

脳をおおっている膜、髄膜におこる髄膜腫は30~50歳の成人に多く、その6割が女性である。神経鞘腫も30~55歳の成人に多く、やはり約6割が女性である。
下垂体腺腫では20~50歳の成人に多くやはり女性に多い。これら、髄膜腫、神経鞘腫、下垂体腺腫は良性である。

転移性の脳腫瘍では、肺がんからの転移が多い。肺がんの少なくとも3割が脳に転移することほあまり知られていない。肺と脳は近いために、肺から離れたがん細胞が血液にのって脳に入り、細い血管に詰って居座り、そこで増殖をする。やや男性に多いようである。
脳に転移すると治療をあきらめてしまうケースが多いが、治療のチャンスは残されていることを申し上げたい。

子ども( 15歳未満)の脳腫瘍では、小脳にできるものが約3割をしめ、もっとも多い。

症状

症状は2つにわけられる。第1は、腫瘍ができた部分の脳の機能の低下である(神経機能脱落症状)。運動麻痺、言語障害、性格の変化、けいれん発作などが、腫瘍のできた場所に応じておこる。

第2に、腫瘍によって閉鎖された頭蓋骨の内部の圧力が高まり、それによる症状がおこる(頭蓋内圧先進症状)。激しい頭痛と嘔吐が代表的なもので、頭痛は起床時におこりやすい。最初は軽度で持続時間も短いが、進行するにしたがって激痛が長く続くようになる。からだの位置を変えたときなどに発作的に頭痛がおこったり、意識を失うこともある。

このほか、ものが二重に見えたり、視神経が圧迫されて視力が低下したり、視野が狭くなることもある。頓死するケースもある。幼児では、頭囲が大きくなることがある。

診断

頭蓋内の圧力の高まりは、眼の検査で簡単にわかる。眼底の乳頭という部分がうっ血するからだ。視野が欠ける度合やからだの麻痔が少しずつ進行しているのなら、脳腫瘍が疑われる。
25五歳以上になって初めててんかん発作がおこった場合も、脳腫瘍の可能性が高い。こういった症状からの診断(神経学的検査) に加えて、CTによる脳の断層撮影が有力な診断法である。
直径1cm以上の腫瘍なら99%発見できる。脳は、各部位でのX線の吸収の度合が異なっていて、そのデータが詳細にわかっている。ⅩX線の吸収の度合から、脳腫瘍の存在ばかりか種頬もあるていどわかる。

血管内に造影剤を送り込んで脳の血管の様子をみる脳血管撮影もおこなわれる。血管の豊富な腫瘍では、かたちをくっきりと描き出し、また腫瘍によって周囲の血管の走行が曲がっているようすもわかる。

最近では、MRIの画像診断方法も成果をあげている。腫瘍の位置やかたちを立体像としてとらえることができるので、欠かせないものになりつつある。

脳から脊髄へと循環している「髄液」を採取して、含まれている腫瘍細胞を顕微鏡で観察して種類を確認することもある。また、腫瘍組織がつくりだしている特有のタンパク質やホルモンの量を血液や髄液で調べて腫瘍の判別をする診断(腫瘍マーカー)もおこなわれている。

なお、脳腫瘍は他の臓器への転移がほとんどないので、他のがんのような進行度を示す分類はない。

ここまで治る

脳腫瘍の治療の第一は、手術である。頭蓋骨の一部を蓋をあけるように切り、手術用顕微鏡で手術部位を拡大して見ながら腫瘍の摘出をおこなう。

こういうミクロの外科をマイクロサージェリーと呼ぶ。脳は細い血管や神経が集中しているので、わずか数ミリの損傷を与えるだけでも障害がでてしまうことがある。
そのため、脳の健康な部分の損傷を最小限にしながら腫瘍を摘出する必要がある。マイクロサージェリーなら、直径1ミの血管やきわめて細い神経でも傷つけずに操作をすすめることが可能で、手術の安全性は飛躍的に向上した。手術中は、脳の内部を探るレーダーともいえる超音波発信棒(プローブ)を当てながら、切れる部分を確認して進める。

良性腫瘍は周辺の組織を押しのけるようにして一方向に増殖しているので摘出は、比較的容易だが、グリオーマのような悪性腫瘍は周囲の組織を壊しながらしみこむように広がっていくので(浸潤)、悪性細胞の完壁な除去は難しい。

脳は、胃がんや子宮がんのように臓器まるまる摘出することができないので、どうしても腫瘍細胞のとり残しがでてしまう。そのため、手術後に放射線照射が必ずおこなわれる。米国のデータによって、放射線照射があきらかな延命効果をもたらすことが証明されている。もっとも放射線治療後も、多くの患者さんでは腫瘍がまだ残っている。そこでさらにACNUなどの制がん剤による治療が欠かせない。

脳腫瘍の治療後の経過は、一般に考えられているよりかなりよくなっている。原発性脳腫瘍の5年生存率は、58.7パーセントと、半分以上が完治している。悪性腫瘍であるグリオーマでも、5年生存率は29.9パーセントと約3分の1は助かるようになった。転移性脳腫瘍の5年生存率は10.4パーセントで、治る可能性は残されていることを知ってほしい。

ちなみに、グリオーマは種類によって経過が異なる。アストロサイトーマでは2年生存率はほぼ100パーセント、5年生存率は50パーセントだが、もっとも悪性度の高いグリオブラストーマの2年生存率は20~0パーセント、5年生存率は10パーセント以下である。もっとも、若年者ほど治りやすい傾向にある。

こういう数字をあげると、悪性度の高い脳腫瘍になったらあきらめるしかないと思いがちだが、手術、放射線、抗がん剤など脳腫瘍の治療技術は年ごとに驚くほど進歩しているので、あきらめないでほしい。脳腫瘍の治癒率の数字は、毎年書き変えなければならないほどめざましい向上を続けている。